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主には好き嫌いが多い。時々、まるで子供のような我が儘や無茶を言う。
こだわりがある、と言わなければきっと主は機嫌を損ねるだろうが。
あれも駄目だ、これは気に食わない、それもいまいちだ、と次から次へと砂に変えてしまう。
このままでは、建物自体が消えてしまいそうで慌てて声をかけて制止する。
くるり、と振り返った主の眉間にはいつも以上に深い皴。形のよい額には血管が浮いている。
完璧に機嫌を損ねてしまったらしい主が無言でコートを掴み外へ出ようとした直後、あれほどすっきりと晴れていた空があっという間に暗くなり大粒の雫を落とし始めた。
ほんの数十センチ先さえはっきりと見えないくらいのスコールだ。一瞬ぽかんと口を開けて咥えた葉巻を落としそうになっていた主は、次の瞬間部屋へと戻り、コートを放り投げソファへと身を沈める。
厚い雲に覆われた空のせいで、室内も薄暗い。新しい葉巻に手を伸ばした主に火を差し出した。葉先は自身の能力で綺麗にカットする。主はこちらには視線を合わせないまま葉巻に火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
それでもむっつりとした表情は消えない。雨はすぐに止むだろうが、主の雨嫌いは筋金入りだ。能力的な相性だけではない理由がそこにはあるようで、聞いた事はないがそんな姿が少しだけ痛々しく映る。
部屋の中は、主が砂と化したかつての家具だったものばかりだ。その中で唯一残ったのが、今彼が座っているソファと、それからテーブルに置かれた小さなランプ。そのランプに主の視線が移ったのに気付いて、おれはそれに火を入れる。うっすらと目を細めてそれを眺め、窓を打ち付ける雨粒を横目で伺ってから、主はソファの脇に立ったおれに声をかけた。
促されるまま、主のそばに腰掛け次の言葉を待つ。その姿がまるで犬のようだと一度笑われたことがあったが、なるほど今の自分は確かにそんな風に見えるかもしれない。
ふいに、主の右手が伸びる。頬を撫でられて顔の向きを変えられた。すぐそばにある彼の瞳の色は、濃厚な蜂蜜やブランデーにも似ていて。それが柔らかな光を反射している。まるで濡れたような色だ。長くはないが綺麗に揃った睫毛が伏せられて、小さく唇が動く。
その意味を間違えず汲み取って口付ける。
甘い吐息と共に、彼がうっすらと笑ったのに気付いてホッとする。
どうやら、主の機嫌は元に戻ったようだ。
砂になってしまった家具達は、あとで買いに行こう。主と一緒に見て回れるだけ。
そこでもきっと、彼はあれも嫌だ、これも嫌だと言うだろうが。
ひとつでも気に入るものが見つかればいい。
それまでは。
雨が止むまで、もうしばらくこうやってふたり戯れていよう。
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途中からなんかお題から逸れた…けど、いいかな。
ダズに対していっぱい我が儘言う鰐ってのに非常に滾ります。
ダズの困った顔が好きな鰐とかどうだろう(´ω`*)
2011/05/16
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