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目を覚ませば、食事の用意は既に整っている。気に入りのシャツは綺麗にクリーニングされて皴ひとつない。
同様にスラックスや、靴下、それから磨き上げられた靴。黙っていても次々に差し出されるそれら。
タイの色選びも慣れた様で、おれの気分に合わせた色を選んで持ってくる。
髪を整える際には、きちんと鏡のそばに立っておれが座るのを待つ。黙ったまま腰掛ければ、シャワーの後でまだ少しだけ湿り気のある髪をきちんと梳かし、乾かして整える。ひとつの乱れも許さないらしい。
それから、男の視線は指輪の入ったケースに移り、おれの目の前に差し出してくる。無言で指定するとそれらをひとつひとつ丁寧に取り上げ、指に嵌めていく。
男の大きい手の平と、長い指は中々気に入っているから、この瞬間は割りと気に入っている。
本人には言わないが。
食後の紅茶を飲みながら新聞に目を通す。今日も大した情報はなさそうだ。表向きの情報誌では収集出来ないものは多いのだから、仕方がないのだが。資金や船の調達、船員や荷の準備とまだやることは多いのだ。
裏家業であった男に任せて、クロコダイルはこれもきちんと先をカットした葉巻を持ってきた男から受け取る。火は、と言わずともすっと差し出されるジッポは先日男に寄越したものだ。燐寸でも構わないが、男にはこの色のジッポが似合っているとなんとなく思っただけ。それ以上の意味はない。
それでも、言いたい事は徐々にたまっていく。
例えば、寝室が別だとか、男が毎晩ソファで寝ているとか。こちらの誘い、にも気付かないところとか。
鈍いってもんじゃねぇだろ、この鈍感野郎。
そんな風に考え出すと、男のやること全てが気に入らなくなる。
「お前はなにもする必要はねぇ」
そう言った直後、おれは心の中で後悔するハメになった。
すみません、と頭垂れる姿が笑えるよりもなんだか不憫に思えてきて。なんだ、おれのせいか?
そもそもお前が鈍いからこんなことになってんじゃねぇのか。
そんなこと、言えるはずもないけれど。
連れ立って歩けば、派手な服と化粧で着飾った女共は群がってくる。この辺りの人間は、おれが誰なのか追及はしてこない。その辺は楽だが、しかし面白くねぇ。
あんな朴念仁のどこがいいんだ。ああ、クソ胸を腕に押し付けてんじゃねぇよ、この女!なんでてめぇは振り解かねぇ!そんな女とおれと、どっちを選ぶって言うんだ。
チクショウ!これじゃ、おれが…。
自分にもまとわりつく女達を引き剥がし、ついでに男の腕を掴んでその場を去った。
ああ、きつい香水の香り。鼻につく匂い。
シャツからベスト、スラックス、コートも!全部お前が綺麗にしろ!じゃなきゃ、おれは着ない!
ガウンのみの姿で、ソファにふんぞり返っているおれに、ようやく男が口を開いた。
「そうですね、おれもおれ以外の人間にアンタの全てに触れられるのは正直嫌です」
だからもっと、気に入らないんだと言って欲しい。
出来ること、例え無理でも、アンタの為にならばなんでも。
仰せのままに、ボス。
ソファに突っ伏し、クッションに顔を埋めたまま動かなくなったクロコダイルを不思議そうに見つめつつ、
その男、ダズ・ボーネスはカゴいっぱいの洗濯物を持って部屋を出て行った。
残されたクロコダイルが、小さく震えていたのは怒りか、もしくは羞恥か。
全く、気に入らないことばかり言う、生意気なヤツだ!
「…クソッタレ…バカが…バカ、が…!!クソッ…!!」
それは、男が戻ってくるまでブツブツと呟かれていた。
顔を上げた主の頬や耳が真っ赤になり、瞳が潤んでいるのに気付いた男が、更なる失態を繰り返す話は
いずれ、どこかで。
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今度は鰐視点。
気に入らないのは、ダズが鈍くてなにもしないから。
ただ、一緒に過ごす時間はもう十分だろうがぁ!ってなる鰐。
ダズは薄々気付いていると言うか、普通に鰐を大好きだけど、相手は主人だし…って
ちょっとなってる。
これが、鰐襲い受の理由のひとつかな(^v^)
2011/05/19
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