*ナイトメア*
何度も寝返りをうって、小さく呻く声が毎晩のように聞こえる。初めは狭い部屋に二人並んで寝るのが気に入らないせいで寝付けないのだろうと思っていたが、自分が彼のそばから離れソファで仮眠を取るようになってもそれは変わらなかった。一度、あまりに苦しそうな呼吸を繰り返す彼の肩を揺すって起こしたことがある。目を見開いた彼は飛び起きる事も出来ずに震え、荒く息を吐いていた。握り締められた指の先は白くなり、爪が皮膚に食い込んでいることに気付く。思わず手をのばせば、彼に届く前でそれは振り払われた。余計な事をするなと低く呟いた彼は、結局その後も眠れぬまま夜を過ごしたようだった。
元々色の薄い、血管の透けて見える皮膚は日に日に蒼さを増し瞳からは光が消えていくかのようで。寝つきを良くするというハーブの入ったお茶を探し勧めてみたが彼はそれらを口にしようとはしなかった。代わりのように増える酒量に、少しでも苦言を呈すれば容赦なく殴られた。避ければ彼が更に激昂することがわかっているので、おれは敢えてその拳を受ける。何度も殴られ腫れ上がった頬を伝う血液に、上がった息のまま彼の舌が伸びる。初めは拒否していたが、そうなると彼は何処かへふらりと消えてしまうので、おれは少しずつ近付く彼の顔をただじっと見つめて待つようになった。やがてそこだけは熱い彼の舌が唇の端を舐め、顎に伝う血液を辿って動くのを皮膚の感覚だけで追う。時折吐き出される息も次第に熱を増し、彼の舌が再び唇に戻る頃には頭を抱えられ、直後、彼の胸に顔を押し当てる格好になる。開かれたシャツから覗く皮膚に唇を押し当てれば、彼は喉を反らせて喘いだ。服は脱がさずに、布越しに突起へと舌を伸ばす。濡れた布と敏感な皮膚が擦られて感じるのか、彼の息は徐々に荒くなっていく。途切れ途切れに何かを呟き、そして開いたままの唇から零れる唾液を舐め取る。
妖艶ですらあるその姿は、だけれどとても憐れに映った。促されるまま彼の望む場所へと手を滑らせ、その後を唇と舌で追う。押し付けられた腰に感じる熱を指の腹で撫でれば一際大きな声で彼は啼いた。
ギリギリまで服は乱さず、ひたすらその上から続けられる愛撫に、やがて彼が頭を振って小さな子供のようにぐずる頃、ようやく彼の肌を露わにする。少しだけ肉の落ちた皮膚の下に感じる肋骨を一本一本辿るようになぞり、腰骨を啄ばむと中心はすっかり形を変え雫を垂らし始める。既に息も絶え絶えで喘ぐ彼が伸ばしたその指先にキスをしてから潤んだそこに自分を押し当てる。たいして慣らしていないそこは、それでもすぐに快楽を拾うようだった。揺すられ、弾む声に甘さが増し吐き出される吐息が乱れる頃彼の望むように中へと欲望を注ぎ込めば、連動するかのように収縮したあと彼も腹の上に熱を飛び散らせていた。荒く整わない息で、虚ろな瞳のまま更にと求められおれは再び彼に挑む。
それらは、彼が正体を失うまで続けられるのだ。少しでも穏やかな夜を、与えられたら。
そんな望みは、いつでも彼自身の手によって切り裂かれる。
甘く、ただ抱きしめられるだけでは眠れるはずがない。
低く穏やかな言葉も声も、そんなものは必要ない。ただ、ただ、身体を貫く刃が欲しい。どこもかしこもずたずたにして、いっそそのまま捨て置いてくれればいいのに。
意識が途切れるその瞬間、頬を撫でる長い指の感触に、ああ自分はまた死にそびれたのだと絶望するのだ。
眠れませんか、と聞いてきた男に視線を向ける。こいつはおれが寝ていないことをずっと気に病んでいるらしい。ハーブの入った茶や香を選んできては勧めてくるから、気になるのならばここから出て行けばいいと言ってやった。男は黙り込み、すみませんと小さく呟いた。
それ以来、男とはほとんど会話をしていない。
最初に誘った時、断固として動こうとしなかった男に焦れ、引き倒し馬乗りになって男自身を迎え入れた。腰を振って強請り、男が達した瞬間身体の奥深くで何かが弾けた。
殴っても蹴っても、けして抵抗しない男に苛立ちは増したが同時に仄暗い欲望が身を焦がす。男が流す血液は甘くまろやかで、舌で舐め取れば背筋から腰骨までが痺れた。
あっさりと勃ち上がったそれを押し付けて先を強請る。
ぬるく溶けた場所に男を迎え入れる度、抑えきれない声があがった。わざと声をあげて誘い、惑わす。欲に濡れる男の瞳のさらに奥に見える何かには、必死に気付かない振りをした。
自分はただの、肉の塊になったようだ。
ああでも。
これであとは。
あとは、ゆっくりと、腐ってゆくだけ。
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ちょいと鬱展開のダズ鰐(´ω`;)