*とある、リゾートにて*
自分の腹の上にある重たい腕を退けて、ベッドから降りた。途端、不満そうな声が上がったが無視する。ああ、あちこちが軋んで痛む。あらぬ部分は腫れぼったくなっていて、更に奥に出されたものが動いた拍子に重力に逆らわず降りてくるものだから不快感は増すばかりだ。シャワーを浴びるべく入った浴室に備え付けられた大きな鏡は、この部屋の主の趣味らしく馬鹿でかい。全身を映すそれに、視線をやればまた別の溜息。そこらじゅうに散りばめられた赤い跡。クソッタレ、あいつめ思い切り噛み付きやがって。これはしばらく消えそうにないな、ともうひとつ溜息を吐いてクロコダイルはシャワーのコックを捻った。直後身を打つ湯は本来心地よいものだけれど、能力者でしかも砂人間の自分には苦痛でしかない。濡れれば身体中の力は抜け、その能力も失ってしまう。渇きを与える右手も今は力なく。だけれど、あの男が残した跡を出来るだけ消し去りたくて石鹸を泡立て爪の先まで擦った。身体の奥にある、一番の跡を最後に残している事に気付いてまた、溜息。遠慮なく抱かれてみっともなく乱れた証だ。これを消さなければいつまでもあいつの跡は消えない。
「…ふ、…っ…クソ、あの変人め…」
思わず零れた声に歯噛みして悪態をつく。言えば、お前が誘ったんじゃないかと笑われるだけだけれど。
ああそうだ、好きに抱けと言ったのは自分だとも。
しつこい誘いの声をしぶしぶ受けてやってきた場所は、思いのほか過ごしやすく。聞いてもいないのに、お前の為に探して手を加えたのだと恩着せがましく言うのを軽くあしらったのは一昨日の事。贅沢の限りを尽くした調度品も、食事も酒もそれから葉巻も。自分の為に揃えたと言うだけあってどれもクロコダイルしっくりと馴染み、ずっと躱してきた夜の誘いを受けたのが昨日の昼間。それから半日以上ずっと抱き合っていたことになる。あの男、ドフラミンゴの思惑通りになったのは気に入らないが、たまの休日を自分の趣味や嗜好に合った場所で、気兼ねなく過ごせたのだから文句はない。貪り食う、と言う表現がぴったりの抱き方には辟易したけれど、これもいつもと同じだ。今回は自分も楽しんだのだからこれ以上は何も言うまい。
「なあ、おい。そろそろこっちに来いよ」
酒でも飲んで、話をしよう。そう言ってにんまりと笑う男の顔に、きっとそれだけでは済まないだろうと、折角洗った身体を見下ろしてから、クロコダイルは差し出されたワイングラスを手に取ると、そのまま広げられたままの腕の中へと落ちていった。
たまには、とことん相手をしてやらねえとな。対価交換、てヤツだ。自惚れるなよフラミンゴ野郎。
終・珍しくご機嫌な鰐でした